中村裕(医師)の経歴や妻・息子の今現在を調査!

多数メディアで取り上げられたパラリンピックの父と呼ばれた中村裕さん。

今回は、中村裕さんの経歴と妻・息子さんの今現在について、調査しました。

 
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中村裕(医師)の経歴は?プロフィール情報を紹介

まずは、中村裕さんのプロフィール情報を見ていきます。

名前:中村裕

年齢:57歳(没)

生年月日:1927年3月30日

出身地:大分県別府市

職業:医師

最終学歴:九州大学医学部卒業

中村裕さんの経歴ですが、医師として、勤務されていましたが、英国での身体障害者の驚異的な社会復帰の背景を知ったことで留学します。

当時、日本では、身体障害者は「ベットで過ごすもの」という考えが浸透していたんですね。

中村裕さんが、留学先で見た、英国での身体障害者の社会復帰の背景というのは、いまでこそ、日本でも浸透しているような、身体障害者がリハビリの一環としているスポーツです。

これを見た中村裕さんですが、強い衝撃を受け、帰国後、早速、英国での、「身体障害者×スポーツ」を普及させるため、催し物を開催します。

しかし、これが素直に受け入れられるはずもなく、多くの批判を受けました。

その後、1964年開催の東京パラリンピック開催へと奔走し、日本選手団団長を務めます。

一見すると、このパラリンピックの開催は、成功に見えていましたが、日本と西欧諸国での差を痛感したといいます。

西欧諸国と日本での参加者の現実が、そこにはありました。

西欧諸国の参加者は自立・生き生きとしているのに対し、日本の参加者は、「働く場所を作ってほしい」と懇願したという点でした。

こういったことから、中村裕さんは、東京パラリンピック開催の翌年、1965年に、身体障害者の職業的自立を目指すための施設「太陽の家」を創設します。

この施設のモットーは、以下の2つです。

・保護より機会を

・世に身心障害はあっても仕事に障害はあり得ない

その他にも、車いすバスケットボールを日本で初めて紹介したり、現在のアジアパラへと継承されている「フェスピック」の開催など、多くの功績を残しています。

そして、こうして、功績を「パラリンピックの父」「日本の障害者福祉の歴史に大きな足跡を残した」とたたえられています。

ただ、中村裕さんは、残念ながら、57歳、心不全で亡くなられています。

 
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中村裕(医師)の妻・息子の今現在を調査!

中村裕さんのご家族について、妻・息子さんの今現在を調査しました。

中村裕さんのご家族は、妻の廣子さんと3人の息子さんがいらっしゃることが分かりました。

3人の息子の1人である長男・中村太郎さんは、医師です。

中村太郎さんは、父・中村裕さんの病院を継がれています。

残る2名の息子さんについての情報は見つけることが出来ませんでした。

また、妻である廣子さんについても、同様にどのような方であったかはわかりませんでした。

 
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「中村裕(医師)の経歴や妻・息子の今現在を調査!」まとめ

今回は、パラリンピックの父と呼ばれた中村裕さんについて、ご紹介しました。

中村裕さんの功績は、今もなお、語り継がれています。

 
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